私を呼ぶ誰かの声は遠くなり、目の前が暗くなる。また寝不足のつけがここで回ってきたらしい。今までいた場所から逃げるなと言わんばかりに見たくもない夢の上映会が始まった。そのたびに夢の中で感情を切断しても傷はうずいて、腕からは血が流れる始末。夢は記憶の整理のためにみると学校の教室で聞いたことはあるが、どうも私の頭はその類のことは出来ないようだ。いまだに過去のことが繰り返し上映されるから。
今日の一幕目は、手術室。目の前にはスーツに月桂冠という珍妙奇天烈な男が私をじっと見ている。顔は彼の背後にあるテレビドラマで見るような照明で照らされていて見えない。ただ、男の手にはプラスチック製のマスクが握られていた。
「忘却は罪だ。神が罪深き人に科した試練である。だがお前はその罪からこれから免れることが出来るのだ。ありがたく思え人間」
そして男はマスクを着けさせる。息を吸い込むとまた意識が滲んでいった。
場面が転換し今度は何処かの倉庫に切り替わる。ずっと私が閉じ込められていた場所。手術室の男はどこにもいなくて、私を見下ろしているのは黒髪のスレンダーな女。もう二度と現実にて会うことはないと決めていたはずなのについ最近出会ってしまった人と同じだ。
「やぁやぁ、私をありがたく思えよ今宵。ここに連れてこなかったら君あの大崩落の中で即死してたんだし。大丈夫大丈夫、この紐育――いや、HLで生きていられるように私たちが鍛えなおしたげるから」
そういって女は私の髪をわしづかみにして無理やり起こした。目鼻立ちがはっきりとした顔をゆがませることはなく、ただただにまーと口角を釣り上げて女は囁く。
「よくよく感謝するんだね、今宵。学校であなたを可愛がってあげた上にこれからもちゃーんとあなたのことをいじめてあげるから」
私の髪の毛が離されて体ごと地面に投げ転がされる。転がった先にたどり着くは「先生」達。重火器に格闘、そしてたくさんの本を持った人たちが私を見ていた。蝋人形を思わせる人たちは一斉に口を開く。
「本当に今宵は運動が下手だな」
ごめんなさい、わたしのからだがうまくうごかないのがわるいのですから。
そのあとで私は、絶対出来るはずのない100分組手をやらされて倒れてしまった。
「ダメじゃないか、もっと正確な情報を選ばないと」
ごめんなさい、今度はうまくきちんと情報を仕入れますから。
そのあとで私は確か、鉄パイプでお仕置きされた。ぜんぶ情報を仕入れた私が悪かったから。
「ダメじゃないか、早く情報を仕入れないと」
ごめんなさい、次はもっと早く沢山覚えますから。慎重に情報を精査していた私が悪かったからこうなった。故にそのあとでわたしは、強制的にカフェインをたくさんせっしゅされた。
「君、ちゃんと社会性のある集団で生活してたの? コミュニケーションの取り方くらい誰でも知ってるよ」
ごめんなさい、ちゃんときちんと人の云うことを聞いて従いますから。だからわたしは、きかいになってわたしいがいのひとたちにじゅうじゅんになった。ずっとぼうりょくとかぼうげんがたえないところにいたからすぐなれた。だいじょうぶ、どれだけりふじんなことをいわれても耐えたらいたいおもいはしないことはわかっていたから。
ずるずると、すりへっていく。何か生暖かいものが左腕にやどる。みてみるとそこにはたくさんの切り傷のあとがあった。右手には血まみれのカミソリが握られている。
「――あ」
じわじわと白いシャツの袖が瞬く間にあかくそまっていく。ほんらい走るだろういたみもなにもないからか、ただわたしはその袖をじっとみていた。くらくら、ぐらぐら。腕から出る血があまりにも多いからかとても頭が、思い。めまいがする。
かおをゆっくりあげてみる。うすぐらい倉庫ではなく今度は晴れやかな青い空がまどごしにあるきょうしつだった。私と同じ服を着ている人たちが席に座っていたり、なにやら談笑をしているらしい。
今はゆめうつつ、現実ではなにも話すことは出来なかったが今なら大丈夫かもしれない。皆がよくしていたように片手をあげて「やぁ」と言ってみた。
「みんな、おはよう……?」
そして当たり障りのない挨拶をしてみる。そうだ、これは夢だから――返してくれるはずだ。
暫くしてみんなはゆっくりと私の方に視線を向ける。
数秒の沈黙、口を開く気配はない。
「みなさん、どうしたのですか……?」
そう問うてみても解は返ってくることはなく、まるで何事もなかったかのように彼らは各々の時間をすごしはじめた。私が最初からそこにいなかったかのように。
――ああ、そうだ。ずっと、そうだったじゃないか。なら個人として私が認識されている状況は「しあわせ」と言えるじゃないか。なら、今までいた環境は「私」という存在として認識されていたからよかったじゃないか――ちがう、あんないたいのは――0toue3k酷e環境t@幸pw@3.ts@4t0toue人扱ex;qese40t@jjf9huektmd;ue。
「私は――私は――!」
ぐるぐると目の前の景色がゆがんでいく。相も変わらずせめたてるようなことばがひびいている。
「ごめん――なさ、い。ごめんなさ――」
ぎゅっと目をつむる。耳をふさぐ。五感を絶つ。心の接続を切る。ただ胎児のように私はうずくまり、消しカスと罵声の雨に晒されたまま今の状況が過ぎ去るのを、待つしかなかった。
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