光は大嫌いです。
眩しすぎて何も見えなくなるから。
でも、見たくないものが多いのでどうか何も見えなくしてください。
つまり――眩んでしまうくらいに色とりどりの光をください。
第五章 絢爛逢引
浅い眠りから抜け出して天井を確かめる。高い天井にシンプルでシックな照明。きちんとスティーブンさんの部屋であることは確か。
窓の外を見ると相も変わらずの霧模様。すべてを暴き立てるような太陽の光はこの街にはない。悪夢の名残を心の隅においやって手短に身支度を済ませようとしたら既に部屋の主が傍らにいた。
「おはよう、今宵」
いつも通りの笑顔にいつも通りの格好。いつも通りの場所に見慣れた傷跡。
「おはようございます。スティーブンさん」
「ん、よく眠れたかい?」
「――ええ、まぁ」
昨日迷惑をかけた彼にちょっとした嘘をつく。仮に正直に答えたとして、その先の彼の顔がどうなるかわからないからとりあえず何事もなかったということにすれば大丈夫だろう。
「そっか、ならよかった」
彼は変わらない笑顔で私に言う。どこか自分の心が引っかかるような気がしたがいつものことだ。嘘をついた時の罪悪感がまた、よぎっているだけのこと。
「本当に――よかった」
彼は言葉をかみしめるようにゆっくりと繰り返す。決して私に触れず、私の顔を覗き込むようにして近づいた。
鳶色の瞳、黒いくせっけ、薄い唇が間近にある。心臓の音がとてもうるさい。私の生存を、私が無事である言葉を彼は告げている。とても、よくない。うまく自分の中にとりこめない。
「はい、ありがとうございます。もう私は、大丈夫です」
「大丈夫か、ならよし」
彼の顔が遠ざかる。頭同士の衝突の可能性が回避され、上半身を起こすのにちょうどいいだけのスペースが出来た。
「さあ、一緒に事務所にいこうか」
「はい……」
何かあったらすぐ気づくことが出来るようにと差し出された手を握る。体温が重なった瞬間に私の体はベッドから引き揚げられ、そのまま彼になされるがままに身だしなみを整えられた。
ラジオからは朝方を知らせるニュースが聞こえている。それ以外の物音は掃除機がかかっている音くらい。今日はヴェデットさんがいるらしい。そして私は彼に促されるままヴェデットさんが作った美味しい朝食を咀嚼して、飲み込んだ。
◆
無事に何事もなくライブラの事務所へとたどり着く。今日は人が少なく私達以外だとクラウスさんとギルベルトさんとアニラさんしかいない。他の人たちはきっと忙しいのだろう。赤と白と黒のコントラストが印象的なこの部屋で、私は今日もパソコンをつけてアニラさんとともに資料と格闘した。私が一度も証言していないからまだ記憶王のことは分からなくて、そしてその記憶王が違法な異界のテクノロジ絡みに深くかかわっているということしか書類でしかわからない。それでいて、チェインさんの報告によるとその記憶王は近いうちに大きいことをやるそうだ。それが何かというのは未だにつかめてないらしい。
また書類上では、最近私を攫ったジェストカヤ・プラヴダが活動を活発化させているとのこと。間違いなく私を狙っているのかもしれない。私がライブラに関わっているということがバレたのであれば私のことを脳みそだけの存在になろうとしても捕まえに来るのかもしれないだろう。ことは急を要するため私の発言並びに証言を即急に提出しないといけないことは明らかだろう。
闇オークションの一件も書類上で判明した。何かしら世界の均衡を揺るがしかねない
一通りわかっていることの資料を整理して、まとめる。大量の情報を圧縮して何枚かの資料にまとめることは慣れた。アニラさんと交互に抜けや漏れがないか確認しつつ、事務所内のプリンタで出力して然るべき人のもとに提出した。
◇
「二人共ありがとう。ああ、今宵はちょっとここに残ってくれ」
アニラさんとの共同作業で制作された資料をスティーブンさんが一通り読んだ後、咳払いをして彼はいつにもなく真剣な顔で私に言った。少しだけ振り返るとアニラさんは一礼して何処かへ出かけていったようだ。それを確認した彼は改めて私の方に向き直り告げた。
「今日の夕方、コニーアイランドでジェストカヤ・プラウダの幹部がオークション会場の持ち主と会合するという情報があるんだ。それについてだが偵察に同行してもらえないか?」
「偵察、ですか。あの遊園地で?」
「ああ、あの遊園地だ。色々な種族でにぎわっているあそこなら恐らく誰かが会合しようとしてもあまり気にしないから目立ちにくいだろうねぇ」
「それで、ジェストカヤ・プラヴダが絡んでいるからこそ私だけ残したという感じでしょうか」
「その通り。そこにいた君ならもっとすんなり情報がわかるだろうと思うし、誰が喋っているかとかわかったらそこからどのくらいのレベルで信用できるか等推察できるしね」
やれるかい? と彼が問う。
私はそれに首を縦に無言で振った。スティーブンが感謝の意を伝えると
「今回ジェストカヤ・プラヴダが接触するのはオクタズというオークション会場ならびにグループだ。ズールディーズにははるかに及ばないが……そこそこ表に出回ってはまずいものを取り扱っているというのは事実だ。今宵はそれについて何か知っているかい? 些細な噂でもいい」
「本当に些細な噂ですが……無法のものをとりあつかうオークション会場で、四柱の神をなぞらえたラベリングをする、ということだけしか存じあげません。詳しい内部事情などについては、からきし……」
「成程、ありがとう。それで四柱の神になぞらえたというのは?」
「私がきいたところによりますと、『ノート、オチミズ、ニュクス』であと一つはあまり聞きなれなかったのですが……『ヨワリ・エエカトル』だったかもしれません。詳しい分類わけまでは申し訳ございませんが……」
「成程、北欧の夜を告げる女神様に日本の月の神が持っている不老不死の飲み物、争いの女神を生んだギリシア神話の夜の女神にアステカの黒曜石の足を持つ神様の別名である夜の風か……。大丈夫だ、わかる事とわからないことが明白にわかっただけでも十分さ」
そう彼はほほえみ、立ち上がる。徐にジャケットを羽織り書類をしかるべき場所にしまって私に向かて大きな手を差し出した。
「早速だけど一緒にいこう。……だけど今宵の場合その学生服より別の服のほうがいいかな?」
にこりと眉を動かさずに、そしてそれが当然であるかのようにスティーブンさんは言う。しかし、しかし。私には他の選択肢がない。ごく普通に考えて成人男性とどこかのハイスクールの服を着た女が遊園地で一緒に過ごすという光景は親子でない限りは割と怪しい目で見られるのは明らか。そしてこの服であの組織につかまっていたとなれば……別の服に着替えるのは偵察という意味でも非常に有用であることは理解できる。
だが、どうしても……言わねばならないだろう。これが実質的な一張羅であるということに。
「どうした?」
「その、云いずらいのですが……学生服以外、何も持ってないんです」
「――まじか、君」
空気がその場で凍り付いたような気がした。彼は未だに足技を使っていないはずであるが体感温度が一気に下がったような気がした。まずい。弁明をしなければ。
「本当です……これ以外着るという選択肢そのものが抜けてまして……あと、以前話しましたがその、あまりファッションに興味がなくて……学生服はきちんと洗濯やクリーニングしてますので大丈夫です! あ、きちんとローテーションしてですね……」
「そっか。じゃあ、一緒に選ぶかい? 洋服」
何一つ変わらない笑顔でランチに誘うような感覚で彼は提案した。彼と一緒に服を選んで偵察へ。そうであることはわかっているがこれは―――所謂、逢引。
仕事であることはわかっている。やるべきことは知っている。しかし何故か、どくんと何かが脈うった。
「あ、その、服の費用は……」
「仕事だからね、僕が出すよ。まあ時間はそんなにないからゆっくり悩むことは出来ないけど」
「ぜひ、是非お願いします!」
勢いよく直角にお辞儀をする。私の額に鈍い音が響いた。スティーブンさんは無理やり私の上体を起こさせる。少しだけ困ったような笑顔を浮かべ、私の手を引いた。
「まあ、うん、じゃあ早速行こうか」
そしてライブラのドアをくぐる。恋人同士ではない上にお仕事であるが初めてのデート。足は軽やかにドアと外の境界を越えた。
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