「―――話を聞こう。だからこっちへ来てくれ」
ごうごう、ごうごうと風が叫ぶ中で誰かが私に語りかけている。低くてとても心地良い声をしているけど、耳を貸してはならない気がしたので声のする方へ振り返らないことにした。今の声はきっと幻聴で「そうあってほしい」願いが作り上げた偶像にすぎない。好きなヒーローの声で作り上げるなんてどうやら人の脳は案外すごいものらしい。
「お前が何を抱えているのかは俺にはわからない。だからこそ―――話をしてほしい」
そういって、話を本当に受け止める人や聞かない人がいることは知っている。信じたくないがきっとあなたも、そうなのかもしれないのだろう。繋がらないホットラインの相談員もとんちんかんなことを述べるからきっとあなたもそうなのかもしれない。そんな現実をしりたくないから、耳をかしたくない。
「俺は、お前を見ている。目を逸らしてはいない。だからこっちを向いてくれ」
彼が、私を見ている。つまりは私は自分の個性で自分自身を殺すことが、出来ないらしい。ハッタリかどうかはわからない。本当に見ているのかわからないからこそ、私はその声に応じた。ゆっくりと、声の主らしき人物を確かめる。そこにいたのは――くろい、おとこだった。思ったより近くにいて、一歩彼の方向に踏み出せば互いの生暖かい呼吸が肌で感じられるくらいの距離に彼はいる。それ故に彼の白目は血走っているのが見えて、確かに彼は「私」のことを瞬きセずにみていた。
「――本当に、いたのですね。ヒーローさんは」
「ああ、確かにヒーローはこうして瞬きせずにしっかりお前を見ている」
逆立つ髪の毛、赤い目、充血した白目。確かに彼はそこにいる。それを認識した途端、いきなり彼の右手が私の左腕を掴んできた。振りほどこうとしても、離してくれないほどの強い力で握られている。
「離して、ください」
「目の前で人が死のうとしているのにその理由も聞かず手を離すものか」
ぐい、と引き寄せられて気づけば私は彼の懐に入っていた。現実かどうか、わからない。空いている彼の手は私のブレザーを適当に漁ってはピルケースを落としていた。失敗した。あの中の睡眠薬を飲んで永遠のダイブをきめようとしたはずなのにこうしてヒーローにとめられるなんて。
「まぁ、話を聞こう。警察がやってくるまでの間だが――大丈夫、全部吐き出しちまえ」
薬を落とした手は、私の頭を撫でてくる。酷くとてもやさしくて――彼の胸の中で、全てを吐き出してしまった。
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