シオンの記憶

 手にはパレット、眼の前には静かに眠る名前。今から俺は、彼女に初めての化粧を施す。係の人から手渡された小さなそれを開けて一通り説明を受けたあと、彼女の肌に合うファンデーションを塗った。彼女が特別なときに塗っていたそれと比べると所謂マットな色合いをしていた。かなり顔を触っているが名前が動く気配はない。

 説明書通りに眉毛、口紅の色を選んで彼女におめかし。だんだんといつも通りの彼女がやってきたような気がした。最後に桃色の頬紅をさすとまるで彼女は寝た振りをしているように見えてきた。こんなにも血色のいい彼女は初めて見たような気さえしてくる。

「――終わりました」

「ありがとうございます。それではこちらのメイクパレットはこちらの袋に入れてください」

 看護師に促されるままパレットをビニール袋に入れる。躊躇いなく入れたあと、彼女の方に向き直った。

「――名前、なぁ、お前は……」

 語りかけても変わらない。そう理解しているがそれでもそうしてしまう。メイクは人を変えるという言葉が今、眼の前の死者によって本当にあるのだと実感させられた。血色を加えることで、まるで生きているかのように見えているのだから。

 冷たくなった頬にそっと触れる。塗りたてのそれはずれることはなくただ彼女の顔を彩っていた。

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