7-4

「……すまん、クラウス、レオ。彼女を檻ごと救い出すはずが……」
 ゆっくりと壇上から落とされた男が立ち上がり、手早く上着の裾を払う。そして自分自身を取り囲む群衆を見据えた。
「そうか。それでスティーブン、檻の鍵は」
「見当たらなかった。おそらくあのチェインが入れなかった部屋もしくは――記憶王かオクタヴィアが所持しているのだろう」
「だとすると相当厄介ですね。檻ごと持ち帰って鍵師にまた……頼むしかなさそうです」
「それか血で鍵を作る手も」
「トラップ発動の恐れがある。それよりも――」
「まずはこの場を切り抜けることが先決。そして――スティーブンは今宵を、救いだせ!」

 

 ◇

 

 朦朧とする意識が、浮上していく。色々な音が混ざり合っていて何が起きているのかわからない。
 暗かった視界がだんだんクリアになっていくにつれて私はどこにいるのか理解していった。
 置かれた状況、インストールされた情報を照らし合わせて――結論出力。白い内装、壇の下の群衆、乱闘。鉄格子を隔てた光景。群衆はきれいな服をきていて、そして――私の胸元には61と書かれた数字の名札。とても騒がしくて、鈍い音がよく響いている。何が起きているのか知りたくて、群衆の方にゆっくりと目を向けた。
 ――そこにあったのは、地獄だった。群衆が少数を取り囲んで思い思いの攻撃をしている。少数はただ孤軍奮戦していて――そのうちの一人が切り開こうとしたが圧倒的な人数には敵わない。
「どう、して」
 みたくもない。反射的に目が潤む感覚がした。それでも目を逸らすべきではないと脊髄が叫ぶ。
 しっかりと、気づかれないように檻の中から瞠目する。くせっ毛の小柄な男に、屈強な赤毛の紳士。そして――スーツを身にまとった傷顔の男が、孤軍奮戦していた。
「い、いや、あ、―――あ――!」
「今宵、今宵――!」
 いた。確かに彼らが――クラウスさんに、レオナルドさんに――スティーブンさんが、いた。
 でもなんかちがう。いつものグレーのスーツに青いシャツじゃない。別の服を着ていて――今彼は手を伸ばそうとして――しかし彼らの周りには、以前八角に攫われたときより多くそして凶暴な人たちが取り囲んでいた。
「目が覚めたかシェースチ。そのまま気を失っていればよかったものを……否、まぁいいか。コレを期に学習するといい」
 ぬるりと彼の近くへ引き寄せられた上に無理矢理黒い触手で顔をあげられて無理矢理視線を固定させられる。
 そのさきには、レオナルドを守りながら大量の敵相手に奮戦するクラウスさんと、なんとかして切り抜けようとしたスティーブンさんがいた。皆息があがる中、なんとか持ちこたえているがいつそれが崩れ去るかわからない。目をそらしたが黒の触手がそれを許さない。
「いいかいシェースチ、これは君が招いたことだ。逃げた上に他人へと媚を売ったからこうなったんだ。君の自業自得だ」
「じごう、じとく……」
「そうだ、君が感情を完全に破棄して従っていれば今頃こんなことにはなるはずもなかったんだよ」
「今宵、記憶王の言葉に耳を傾けるな!」
 部屋の温度が下がりゆく中、スティーブンさんの言葉がホールに響く。手足が拘束されているから、耳を物理的に塞ぐことも難しいのにどうしてそんなことができようか。
「ミス・サカモト――否、今宵。我々は望んで今、ここにいる。そして記憶王よ、心あるものを『道具』として弄んだ行為、許されると決して思うな――!」
「今宵さん、俺たちのことは気にしないでください! 思いつめないで――!」
「ぽっと出の『知らない人』たちの言葉に耳を課す必要はないぞ、シェースチ!」
 一気に言葉がなだれ込む。乱戦状態の光景を見守る中、声が幾重にも重なって耳にはいっていく。だれを、だれを、どっちのこえをきけばいいのか混線状態。記憶王はこわくて、ライブラの人たちは私のせいでボロボロで、どちらを聞けばいいのかわからない。
 ぼう、と焦点の合わない目で鉄格子の中から下の様子を眺める。どうやって彼らに謝ろうか、どうやって王様に謝ろうかと謝罪文がカタカタと脳内で出力されていく。
「ごめん、なさ――」
 小さな声で壇の下にいる優しい人達へ向けて誰にも聞こえないように、懺悔するように、振り絞るように言葉にする。最後の音を口にしようとしたその時だった。赤い十字が旋回して――鈍い音が連続して聞こえてきた。
「ブレングリード流血闘術11式――旋回式連突ヴィルベルシュトウルム
 瞬く間に黒服たちは硬い床に倒れ伏し、一帯が途端に開けた。3人の様子がよくわかる。酷いくらいにボロボロで、それでいて倒れ伏す様子はない。そのままの流れで止まることはなく――一人の黒髪の男がこちらに向かって大股で走り出した。
「征け! スティーブン!」
「ああ!」
 スティーブンさんは一気に駆け、つま先に力を込めて高く跳躍する。飛び立った地点にはすぐ赤黒い液体が生成された。一直線に彼のスーツに向かっていくがそれよりも早く彼は――壇上へと、到達した。
 一瞬、黒い泥の拘束が緩む。思わず私は顔をあげて彼を顔で追いかける。傷のある顔が横切った。
 焦る記憶王。そこにめがけてスティーブンは足を伸ばす。瞬間瞬間が、ハイスピードカメラのようにゆっくりと流れていく。
 途端、一気に空気が一段と冷えていく。吐く息は白く、きしむ音が檻の外からした。
「エスメラルダ式血凍道――絶対零度の剣エスパーダデルセロアブソルート!」
 薄汚れた布に包まれた長い脚氷の剣が、背後の王と司会者をまとめて蹴り飛ばす。雪のようなきらめきが会場内に舞い散った。

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