3-3 Radio/Stay-tuned Midnight-1

「ねぇベラスニェーカ……ベラちゃんって呼んでもいいかしら?」
「は、はい。大丈夫です」
「ありがとう、ベラスニェーカ。それでだけど――あなた、好きな服とかものってある?」
 最初にそうミッドナイトさんに問われて素直に青色、といったのはいいものの――必要であるとはいえ本当に私が着ていいものか迷うものばかり。向こう側はとても最高潮ではあれどもどうすればいいのか、わからない。
 肩がざっくり空いたワンショルダーに、きらめきのある生地をふんだんに使ったドレス。人工毛皮のシックなショールになんか名前がよくわからない用語で構成されたなにか。着せ替え人形のように着飾られてそのたびに洋服の製作者並びに選定者ミッドナイトにいくら土下座して許しを乞うても足りないくらいの申し訳なさで胸の中が満たされていく。必要であるとはいえ――どうしても、豚に真珠という言葉がよぎるが口に出したら多方面に失礼になるため必死に口を縫い合わせた。
 脚は悲鳴を堪え続けていて、心ががりがりと音を立てて削がれていく。必要なことであることは理解していれども、やはり服を選ぶという行為自体拷問に等しい。耐えろ、耐えなければ。これは装備品の選定なのだから。
「さて、ベラちゃん。今まで着た中でなにかビビッと来たものはあるかしら?」
 ミッドナイトさんはまた新たに控えめでかつ煌めいている青のドレスを持ってくる。どれが一番ましな選択肢であるのか、わからない。潜入であり、かつ幾分か改まったようなパーティであることから……ビビッと……って……なんだろう……。
「あえーと……その……その、びびっと、というのが正直言っていまいちよく……わからない、です」
「あー……なるほどね……もしかしてお洋服屋さんにはあまり行かないタイプ?」
「……はい……。基本的に着る服、決まっているので……ごめんなさい……」
「いいのよベラちゃん、謝らなくて。それで普段はどんな感じの服を着てるの?」
「真っ黒なワンピースです……ね。同じものをいくつか持っています」
 ふむふむ、とミッドナイトさんは少しだけ考えこんだようなそぶりを見せる。そしてその青いドレスを勢いよく私に突きつけた。
「定番が決まっているからこそ、悩んでいるのね。わかったわ……少し待ってなさい!」
 そう言って彼女は改めて整然とした服の海へと突っ込んでいく。少しというには短すぎるほどの間をおいて戻ってきた彼女によって手渡されたドレスを呆然と眺めながらもハンガーを外して囲いの中で試しに身にまとった。
 夜の海を思わせるような濃紺の布。その部分だけ天空の星のように煌めいていて目が離せない。ただ――黒いアームカバーに不愛想な女が不釣り合いなほどきれいな布を纏って鏡の中に、いる。鏡ごと自分を刺したくなるがさすがにヒーローの身であってもなくても店の備品と未決済の商品を傷つけてはいけない。サイズは合っていることを確認して急いで普段着へと戻った。黒一色、いつも通りの安心感に身を包んだ後カーテンを開ける。そこには三つのきらびやかな布を手に持ったミッドナイトさんがそこにいた。
「……これかわいいわねぇ。あなたのものかしら?」
 彼女の視線が床に落ちる。それに倣うように私も地に目を向けた。
 視線の先には――カーペットの床に落とされた布製のマスコットがある。そこまでは、そこまではよかった。
 しかしその形、刺繍にはひどいくらいの見覚えがある。デフォルメされた草臥れた顔に無数の補修跡。黒い布で作られた動態。ゆがんだ形のフェルトのゴーグル。
 ―――間違いない。あれは――ひっそり秘めるつもりでいた私のお守りイレイザーヘッドのマスコット――!
 とっさに床へと手を伸ばす。ボロボロになったものを関係者に見せるわけにはいかない。今起きている現実は、絶対落ちることはないだろうと慢心していたゆえの咎由来の当然の帰結。
 綿の反発が、指の腹に触れる。もう二度と、離すものか――!
「―――!」
 拾い上げたマスコットを、私服のポケットの中に無理やりねじ込む。もう二度と落ちてこないことを確認して――ミッドナイトさんのほうに何事もなかったかのように向き直れば―――!
「あらー? さっきのマスコットは手作り?」
 見られていた。
 もう、終わった。知り合いの人間がマスコットにされていてしかも何故かつぎはぎと糸の跡がたくさんある状態になっている様子は正直言って気持ち悪いを通り越した嫌悪感しかないだろう。悪意を持って話す人とは思えない/思いたくない、が――こわい。他人である以上、何を抱いているのかわからない。
 ここは正直に自白して、そして――もう、なるように、なれ!
「は、はい―――そ、そうです。自分で、作りました」
「よくできてるわねー、このたれ目と髭、本当イレイザーヘッドそっくり」
 みせて、と彼女がそういったので私服の内ポケットにねじ込んだ彼を取り出して恐る恐る彼女の前に差し出す。
 ミッドナイトさんは私のマスコットへと近づいてまじまじと観察した後、少しだけ口元を綻ばせて私の彼から遠ざかった。
「大切なものを見せてくれてありがとう、ベラスニェーカ」
「あ、いえ……どう、いたしまして……」
「いいのよ、それはそれとして……さっきの様子から見るにそれ、秘密に大事にとっていたのでしょう?」
「……はい。なんとなくそうした方がいいかなって思いまして」
 嘘。そうしたほうがいい、というよりそうしなければいけなかったという方が正しいだろう。
 目の前の人はそうしないかもしれないという確固たる根拠不明の信頼感があることはわかる。しかし、根拠不明かつ裏切りはいつ起こるか不明であるのなら――覆い隠すのがまだましだ。そんなことは、しないほうがいいということは一番理解しているのに。
 それに――目の前で人の形をしたものを砕かれると可能性があるというのなら、最初から秘匿していた方がいい。それだけだ。
「あー……なるほどねぇ」
 意味ありげに目の前の女性は何度も首を縦に振っている。ドレスを持った彼女は近づいて、顔を私の耳に寄せて静かに口を開く。
「あなた、彼が大好きなのね?」
「――――っ!」
 誰にも聞かれないような声でミッドナイトさんはささやく。急所を突かれたようで思わず――私はその場にしゃがみこんでしまった。
 違う、違う。違う。好きと言っても種類はあって、どの好きであるか彼女は言っていない。憧れとしてか、友情としてか、親愛としてか? ――恋愛としてか?
 好きの定義はされていない。ただ、今は――どう定義すればいいのか、わからない。
「……申し訳ありませんが、黙秘して、いいですか?」
「いいわよ、秘密にしておきたいのね」
 ほら、とミッドナイトさんは細くてしなやかな手を差し出してきた。一瞬だけ自分の手を引っ込めるがここでうずくまるのもなんなので静かに彼女の手を借りる。未だにあの衝撃が体に残っているからか立ち上がるときに少しだけ、よろめいた。
「それとは別に……一つ聞いていいかしら」
「あ、はい。何でしょうか……」
「――メイクは、したことある?」
「それは――したことは、ないです」
「なるほど……それなら簡単にできるそれもついでに選んじゃいましょう。普段するしないは自由だけど今回は変装だもの。思いっきり別のあなたになっちゃいましょう!」
 そういった後、彼女にドレスを選ぶように促される。先ほど着た濃紺のドレスを頭の回らない中で決めた。ミッドナイトさんはただ、満足げにうなずいていた。

 

 

「さすがに直接口をつけるわけにはいかないし、まずは手の甲か腕の内側につけてみて決めましょう?」
 ほら、と彼女は私に手を出すよう促す。さすがに腕まくりして腕を丸ごと出すことはできないので最低限、手の甲だけ差し出した。
「あら、長袖派なのね。もしかして紫外線とか気にする感じかしら?」
「あー……個性の都合で。私、雪を出すのですそれで日焼けしないようにするための対策です。あと日焼けからの回復を肉体的な疲労の回復に回すためでもあったりします」
「さすがねぇ。確かに美容にも疲れにもよくないからね、日焼け」
 ――よかった。腕のきずあとは、みられずにすむ。
 ほんの少しだけ後ろめたさを感じながらも私は彼女に促されるままメイクなるものを、施された。

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