いつもと違う服を選ぶ。普段着る服が定まっている俺にとってはヒーロー活動より重労働で出来ればパスしたいものであるが今回はそうもいかないようでこうして香山先輩と山田に押される形で潜入用の服装を選定して購入する羽目になった。潜入捜査で同行する新人ヒーローことベラスニェーカも別れる間際までかなり戸惑っていたことからおそらくかなり長くなるだろう。
同じように見えて、違う布の形をした紳士服のフロアにて適当にさっさと選ぼうとした――が、同行者がそれを許すはずはないだろう、否、許すはずが、なかった。
「これはどうよ! いい釦に伸縮性のある生地、実際にスーツヒーローことトレス・スキュータムがプロデュースしたシリーズだ!」
プレゼント・マイクに適当なスーツを見繕われ、試着室にて数多の貝製の釦に苦戦しつつも礼服に袖を通す。カーテンを開けてマイクの目の前で軽く腕を振ってみた。見た目以上に可動域を邪魔する様子はなく、スムーズに腕が振れる。これならば戦闘時でも問題なさそうだ。
「……ありがとな、マイク。これなら乱戦にも対応できそうだ。内ポケットも目薬やらまきびしも大量に入れられる」
「……さすが目の付け所が違うなイレイザー……。それはそれとしてフォーマルウェアにも慣れた方がいいぜ。いつまた潜入捜査とかスーツ着る機会があるかどうかわからねぇからな」
「もうないと思いたいがね」
「いいやきっとある」
「あのな……」
軽口を叩きつつもすでに決まった変装用フォーマルスーツを抱えてレジへと向かう。幸いなことに混雑はなく会計もスムーズに終わった。メインが決まればその後はとんとん拍子で靴並びに小物も決まりあっという間にすべてが片付いた。
そうなればサングラス越しに目玉が丸くなっていた山田を連れて紳士服フロアからミッドナイト並びにベラスニェーカがいるであろう婦人服フロアへと移動するときだろう。別行動前の彼女の様子から選ぶ時間も長くなるであろうことは推測できる――が、あまりにも、あまりにも遅い。連絡もない。何があったのか、不明瞭。
「なあ山田、一度香山先輩たちの様子見た方がよくないか?」
「あー……そうだな。それに彼女とお前の服がどんな感じになるのか一度見ておくのもいいかもしれねぇしよ」
「決まりだな、行くぞ」
マイクとともにほんの少しだけ眩暈がする中、薄暗い階段ですぐ下の婦人服フロアへと下っていく。淡い色と極彩色をよそ眼にしつつ新たなる服の迷路へと身を投じた。
―――が、ミッドナイト並びにベラスニェーカは見つからない。全くの徒労。こうなれば無理にでも落ち合う場所を決定しておけばよかったと脳内で非合理的なたらればを生成しても仕方ないだろう。
フロアガイドを前にああでもないこうでもなかったと振り返りながら、マイクが別のところに視線を向ける。
「なあイレイザー、飾り立てるのは服だけじゃねえんだよなぁ」
「……服だけじゃ、ないか」
「ああそうだ。ジュエル、メイク、そのほかもろもろ……。そしてここは婦人服フロアだ。装飾品やらメイクはない」
「つまり――別の階層にいるというわけだな」
「That’s right !」
「それなら二手に分かれて――」
「いいや、一緒に探すぞ」
「なぜだ、ただでさえ時間は限られている上に――いや、先にこちら側から電話したほうがいい」
「……それも、そうだよなぁ」
フロアガイドから離れて人気が少ない場所へと移動して香山先輩につなぐ。
接続、コールの電子音が暫く電話口から数秒。囁くような先輩の声がスピーカーから出力された。
「あ、もうそっちは終わったの?」
「ええ、終わりましたが……今どこにいますか」
「ベラスニェーカと一緒に宝飾品フロアにいるわ。服やメイクも終わったからあとはそこだけなのよねー」
場所はわかった。後はそこに向かっていくだけだろう。しかし、先輩は本当に――気合が、非常に、入りすぎているのではなかろうか。余計にベラスニェーカがどうなっているのか想像が出来そうにない。
「わかりました。では俺とマイクもそっちへ向かいます」
手短に要件を伝えて、電話を切る。無性に漣がたつ脳をなだめてマイクのほうへと向き直った。
「宝飾品フロアだ。ベラスニェーカも一緒だそうだ」
「オーケー決まりだな」
かくして俺たちは一気に宝飾品フロアへの階段を駆け上がる。紙袋を抱えながら二つ上の階層までの道のりはどうということはなかった。
◇
静かなフロア、厳かな空気。そして――あらゆる人の目を眩ませるくらいに燦然と輝く金剛石の首飾りなどの宝飾品がずらりと並んでいる。
ぼんやりと昔、ある王家がそれにまつわる詐欺事件に巻き込まれただの名誉が失墜しただのそれに詐欺師が二人~三人ほど絡んでいただのということを思い出しながらどこに先輩と彼女がいるのかを目くばせしながら静かに探す。人があまりいないというのに、それらしい影が見つからない。本当に、ここに先輩たちはいるのだろうかと疑い始めたとき、背後から肩を叩かれた。振り返るとマイクがどこか訝し気な表情を浮かべている。
「なぁ、ところであいつ……ベラスニェーカについてお前はどう思っているんだい?」
俺にだけ聞こえるようにマイクは問いかける。
「いいヒーローだと思っている。少々どころではないくらいの無茶はするがね」
「へぇー……そういやお前、何度かあいつと顔合わせたりしているんだってな」
「現場では一回だけだ。しかもあの時は偶然だがね」
「現場では、ね……」
――しくじった。余計なことを滑らせちまった。
口を閉じたときにはもう遅く、サングラス越しにあいつが目を細めて口角を上げている。
生暖かい視線が背後に鋭く突き刺さる。何が――いいたい。
「正直に答えてくれ。現場以外に彼女と会っているのか?」
「なにもねぇよ」
流れるように合理的虚偽を口にする。事実、ベラスニェーカと教会前で助けた女子中学生は同一人物であろうことは個性の使い方からみて間違いはないだろう。彼女が提示したヒーロー免許の名前とあの時の被害者の名前も一致している。ただ――それに関する彼女への確認は取れていない。突きつけたら間違いなく彼女に引かれて――否、ただの確認、それだけだ。
「本当に、何も、ないが」
「……まあ今はそういうことにしておくぜ」
「そういうことはどういうことだ山田」
「いやぁ、なーぁにも……あ、香山先輩だ」
後ろからマイクが大きく手を振る。彼が見ているであろう視線をたどると背の高い女と頭半分くらい低い女がいた。やはりこういう場所に慣れていないからか背が少しだけ低く見える女――ベラスニェーカは歩くペースが少し落ちている。ミッドナイト――香山先輩は相変わら歩く速度が落ちていない。
胸元の高さまで手を挙げて合図を送る。いつも通りのはつらつとした先輩は片目だけつぶり、ベラスニェーカはなぜか、うつむいたまま手だけ挙げた。
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