赤のしるし

 カーテンのように垂れている銀髪の隙間からは恭しく私の小さな右手の甲に口づけする男の顔が垣間見える。長い睫毛を伏せて、右手の甲に描かれている赤い模様が大切なものであるかのように唇をつけていた。

「……嗚呼、我が麗しき女王陛下。これが、かの令呪ですね。なんとも美しい形をしているのでしょう」

「カリオストロ伯、その……正直に聞いてよろしいでしょうか。本当に、そう、思っているのですか?」

「ええ、無論」

 カリオストロは目を細め、歌うように言葉を口にする。部屋が無機質である故か、声が大きく反響したように聞こえた。

「本当に令呪というものは不思議ですね。三画でこれほどまでにきれいな形をしていてそれでいて、サーヴァントに命令したら順番に消えていく……嗚呼、なんて……儚いものでしょう」

「とはいっても、こっちでは仕様が違うそうですが……実際の聖杯戦争は消えたら基本的にそれっきりらしいですからね……まあ儚いのは同意、です」

 ええ、本当に。と男は返事をして手袋越しに令呪をなぞる。太くたくましい指で細かくやられたからか少しだけ、むずがゆい。表に出そうにも彼が何を言うかわからないから出せるはずもない上に、今どんなことを考えてこの行為をしているのかすらわからない。

「それで――女王陛下はこの令呪を以てこの私めに何を命じますか?」

「え?」

 思わず手を素早く引っ込める。ようやく彼の視線が手から外れて罅の入った顔が上がり変わらずきらめいている翠と紅が私を映した。

「ですから今、ここで私に令呪で命じるとしたら何になさいますか?」

「それは――」

 ほら、と男は私の唇に手をかける。さっきまで令呪をなぞっていた指が、私の唇を優しく押し込んでいる。

 張り付いたような笑み、中身のない声色――がらんのどうが、私に問いかけている。

 そんな彼に私は、なにをかえせばいいのだろう。……否、違う。かえすことばは、しっているはず。

「……今は、なにも命じません。まだその時ではありませんし、この形をまだ崩すわけにはいきませんので」

「そうですか―――そうです、か」

 男は指を離し、変わらない笑みを浮かべたかと思えば私の耳元に口を近づけて、ささやいた。

「賢明で、ございますね」

 心臓が、跳ねる。言葉の真意を問おうとすれども行動は追いつかない。

 まってください、と懇願しようとして思考を強引に切り替えたときにはすでに彼の姿はなくただ私は呆然と三画の令呪を眺めることしかできなかった。

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