5-3

 ――ゲートを潜った先は、狂乱と絢爛に彩られた遊興空間だった。
 様々な種族が一人だったりいろいろな生き物と一緒になって思い思いの遊具に乗っていたりメリー・ゴー・ラウンドではしゃいでいたり珍妙奇天烈な食べ物に舌鼓を打っているが彼と私はそうする暇は与えられていない。この人混みの中で、予め渡されたスーツの男の写真を頼りに密会現場を探し当てて、前もって渡された盗聴器を使って密偵をするのが与えられた仕事だ。それが終わるまで遊ぶという選択肢はないも同然。前もって渡された資料にジェストカヤ・プラヴダの幹部についての情報は載っていなかったが幸いオークションの幹部に関する写真は防犯カメラの切り抜きではあれど写真はあったのでその記憶を頼りに探せばいいだけだ。
 しかし、その幹部はこの人混みの中で見つけられるだろうか? 特段人の目を引くようなものではない上に、仮にそうだとしても年中ハロウィンやカーニバルのような空間だ。まるで暗闇の中で黒い物体を探すようなものである、かもしれない。そして手渡された盗聴器はひとつのみ。これで、幹部を見つけ出した上で証拠を採取しなければならない。
「世間一般じゃ人の記憶というか証言だけでは確固たる証拠になりえない。だからこそその証拠を確保しておくことが重要なんだ」
「……で、ですよ、ね」
「だからこそ前にもいったが……君のその記憶力が必要なんだ。コレは君にしかできないことだ」
「―――」
 わたし に しか できない。
 ジェストカヤ・プラヴダ残酷なる真実は私だけが知っているようなもの。
 彼はまだ待っているようではあるがそれらについて常に口を閉ざしているわけにもいかない。
 故に―――いかねば、ならない。
「今宵、行けるか?」
 ぽんぽんと私の左肩をスティーブンさんが叩く。足は震えているが崩れる気配はない。
全くわからない暗い闇のような組織の一端を「知っている」私に与えられた役割は、果たさなくてはならない。
帽子を目深に被り、盗聴器は手の内に。そして――震えは、心臓のうちにしまい込む。
「はい、―――行ってきます」
 こくりと頷いて、彼を一瞥する。帽子の影から覗き見た彼の口角は、上がっていた。
「いってらっしゃい」
 そう口元で動いたのを確認する。私はそのまま彼と一旦別れて更に他の客に紛れるべく適当なアクセサリを買って人でも食べられそうなものを見繕って「人探し」を開始した。

 帽子で顔を隠し、きょろきょろと怪しまれない程度に人混みを散策する。ここに来る前の打ち合わせで何故二人一組でやらないのかとスティーブンさんに聞いてみたら「君と僕の繋がりが前の倉庫の一件で判明している可能性があるから」と返ってきた。あの倉庫の一件でライブラと私のつながりはほぼバレているかもしれない。あのとき、助けを求めなければ―――きっと、今頃彼はこのお仕事を何事もなくこなしていたのかもしれない。その分、私は役目を果たさなくてはならないのだ。
 足早に人混みをかき分けて、はや10分。未だ見知った人影なし。閉園時間は迫りつつある。探している間にも密会は進んでいるのかもしれないし、すでに終わっているのかもしれない。ざわざわと様々な声色と言語が飛び交っていて、余計に震えと息切れがおおくなる。きらきら、くらくら、ちかちか。目が、耳が、鼻が、鈍くなっていく。ジェットコースター、水族館付近、レトロな建物。
「―――あ、ああ」
 早くこの広いコニーアイランドの中から幹部を見つけ出さないと。仕事用のiPhoneに通知はない。左手にはまだ出番のない盗聴器があった。
 iPhoneをカバンの中にしまい込み、顔をあげる。眼の前には燦然と観覧車が輝いていた。そういえば、ここから見る夜景はとてもきれいだったとレオナルドが言ってたことを思い出した。きっと、こんなにも輝く密室でなら―――なにか大切な話をするにうってつけかもしれない。
 足が動く。眩んだ目は冴え渡り、耳の麻痺も覚めていく。
 レストランの間違い探しをするように目を凝らし、ベースの音を聞き分けるように耳を澄ます。見知った顔、人影、声―――検索、ヒット。
「みつけ、た―――!」
 いた。たしかにそこにいた。よく知った人影、こえ、よく知っているどころか―――ずっと知っている人だった。
「八角……美和……」
 距離にしておよそ10メートル。数日前あたりに私を拐った張本人にして……全ての元凶がそこにいる。彼女に近づかねばならないのだろうが、足がすくんで動かない。向こうはこちらに気づいていない。行くなら今であるはずなのに、足は動いてくれない。
相手はいまだ来ていない。むりやり足を動かす。歯はガタガタとなっている。左手の中の機械のスイッチを入れる。そして―――彼女に、近づいた。
 あいも変わらず黒いストレートな髪の毛と体の細いラインを強調するかのような赤のワンピースを八角オクタヴィアはまとっている。モデルのような体つきにこのボンテージを思わせるような服はこの非日常の中でもひときわ異様に見えた。黒い瞳をきょろきょろとさせて誰かを探すように首を動かしている。怪しまれないように、ごく普通のモブであるかのように振る舞って、小型遠隔盗聴器を取り付けねばならない。
 震えを強引に抑え込んで、また一歩近づく。黒いアーモンドのような瞳がこちらを向くたびに氷のナイフが心臓に刺さるような感覚になる。左腕の切り傷が、開いていきそうだ。近づくたびに腕の痛みは鋭さを増していく。
 残り五歩。心臓の鼓動が早くうるさく聞こえている。
 残り三。
 声を殺し、ただの風景のように、すれ違い―――赤い布の裾に、取り付けた。
 そしてそのまま振り向かず、何事もなかったように足を動かす。
 三、五、六歩。歩を増やすたびに足が軽くなっていく。ナイフは溶け、痛みも和らいだ。
 そのままスマートフォンを取り出して盗聴器連携アプリを起動し、録音開始ボタンを押す。これでICレコーダーのように保存ができて、証拠が採る事ができる。よかった。これで―――役目が、果たせる。
 急いでSMSを起動させ、スティーブンさんにメッセージを送信する。

【接触成功、そして完了しました。現在進行系で採集中です】

 胸を撫で下ろし、すぐに返ってきた返信を見る。彼はすぐに向かっているらしい。その間きちんと録音できているか、声が聞こえているかを確認すべくイヤホンを繋いで盗聴器からもたらされる『情報』を聞くことにした。
『―――それで、引き渡――い商――なんだオ―――ィア』
『生きた情報メモリです。忘却をもた―――子にも耐えうる上に絶―――切らないという保証を持つ、そして不要になっ―――のまま燃や―――璧な情報媒体でございます』
ノイズが入っていて鮮明に聞こえない。だがかろうじて聞き取れる。耳を澄ませてじっと、内容を注意深く聞いた。
『そいつは異界と現世の――違反の代―――ないか? そんな危険物を生み出したのか記憶王は……』
『危険……確かに危険かもしれませんね。機密情報を漏らすなんてこと、あるかもしれませんし。ですが彼女はそれがありません。彼女は持ち主に忠実な道具であると認識していますので』
『本当かい? 一度あってみたいものだね。それで……それにいつ会える? 使い心地を主催者として確かめたいのだが……』
『あー、ごめんなさい。まだ調整が済んでいなくてですね……開催日の三日前には届けます』
『……2度目だ、その待ては』
『たった二度、でしょう? ですがこれ以上待たせることは致しません。必ず、3日前にはオクタズへ搬入します』
ビンゴ。ジェストカヤ・プラヴダとオクタズは接触し、仕入れる『モノ』についてこうして話し合っている。どうやら絶対に忘れないと謳うものをプラヴダ側はオクタズに納品して、それをオークションにかけようとしているのだろう。もっと聞く必要がある。音声は鮮明。
『そうか、”シェースチ”は3日前には届くのだな?』
『ええ、はい。信じてください』
『―――分かった。必ずだぞ。ラベリングやら諸々必要なことがあるからな。聞いた話じゃニュクス……下手すりゃヨワリ・エエカトル級の代物になりそうだしそうなりゃ一大興行だ。絶対に、忘れるな』
『必ず、お届けします』
『それで、まあ折角だ観覧車にでも乗って話をしようか。ところで何故シェースチなんだ?』
『まあ、記憶王ゆかりの人物が6シェースチに縁がある? とかそういう感じですかね。初対面のときはスーツ姿なのに月桂冠被っていて首だけローマだったから……6にゆかりある皇帝……多分それがらみじゃないですか?』
納品、観覧車。コレだけがわかれば十分か。あとは音声をクリア化すればいいだろう。その時だった。
『なるほどな。あともう一つ質問する。君はどうやってシェースチを道具に仕立て上げたんだ? その口ぶりからして他に名前があるようだが……』
『まあ、機密保持に反しない程度に言いますと……学習性無力感を植え付ける、ことですかね。コレでだいぶ大人しくなります。ああそれと……彼女の名前はシェースチだけで十分です。サカモトコヨイという名前は近い将来消えるも同然ですからね』
 ―――なんて、こと。シェースチは、私のことだった。
 6、学習性無力感。音声に途切れはなく、八角が私にしてきたことを語っている。
 脳に封じ込めていた夢の記憶が溢れ出す。罵倒、折檻、懲罰、摩耗、日常。
 言葉が聞こえない。ガタンとなにか聞こえてくる。観覧車のドアが閉まる音か。急いでイヤホンジャックをiPhoneから抜き、ボリュームをオフにした。いつも通りの喧騒が耳になだれ込み体の硬直が解けていった。
 ぐるぐると首を横に振る。どこもかしこもハロウィンのような姿をした人と異界人があいも変わらずこの夢に浸っている。余計なことが頭に浮かぶ程に気持ちが戻ってきたところで右手の違和感に気づいた。手を辿るとそこには―――男が、いた。
「お疲れ様」
 傷口を優しく覆うような声がした。
 何度も聞いた声に何度も見た顔。
 私のもちぬ―――上司が、そこにいた。
「スティーブンさん、大丈夫です。きちんと終えました」
「よくやった。今でも録音は続いているな?」
「はい、続いています」
「よし、それでいい。今日はこれでやるべきことは終わりだけど……」
 そう言ってスティーブンさんは周りをぐるりと見渡した後、空のある一点に目を凝らす。低い声で感嘆を吐いた後彼は私の手をそっと引いたあとで私の方を向いた。
「そういえば僕、ここの観覧車に乗ったことないんだよなぁ」
 ふと、子供のような顔をして彼は持ちかける。
 何度も会合などや密談、そして―――いい人と乗っていそうだと勝手に思っていたがそんなことはなかったらしい。もしくはそれほどまでに彼自身『多忙』なのだろう。
「奇遇ですね、実は私もなのです」
「そうか、君もか」
 彼はふう、と一息つく。そして少しだけ考え込んだ素振りを見せた後でこれ以上ないほどの晴れやかな顔で言った。
「折角の機会だ、もし今宵が良ければ乗っていくかい? 観覧車」
「私で、いいの――ですか?」
「君が、いいんだ」
 途端、周囲の雑音が、消えたように聞こえた。
 あまりにもショックなことを聞いた事実が上塗りされるような感覚。人づてに聞いた光景を、彼と一緒に見るという好機。無意識のうちに私はそれを了承する。それに納得したのか彼は優しく私の手を引いて、一緒に観覧車のゴンドラへと乗り込んだ。

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