オークションのときが、近づいてきた。明日の今頃は莫大な金が手に入りさらなる研究のための準備をしている頃だろう。確実な将来の研究プランを脳内に浮かべつつ今は目の前の事柄に集中する。明日の予定表を念入りに確認していると背後の扉からオクタヴィアが入室してきた。赤い口紅にストレートの黒髪を揺らし、これでもかとばかりにハイヒールを大きく鳴らして書類を私に手渡してきた。
「……無事にコヨイ・サカモトは回収しました。念のため彼女が所持していた端末も粉砕した上でオクタズの倉庫に搬入済みです」
「きちんと自分の仕事を成し遂げたようだなオクタヴィア。おつかれさま」
「ありがとうございます。ところで記憶王、疑問ですが何故全部ラベリングとか手術名とかをラテン語にしないのですか? レクス・メモリアだけラテン語で他大体ロシア語だったので少し気になりまして……」
「……ラテン語で6が色々部下によってネタにされる可能性が高い。だからその音から近くて遠い発音のシェースチとした。その流れで色々言葉をできる限り統一した」
「そーなんですねぇ。……まぁ音の響きでアイツら囃し立てるかもしれませんし。サカモトを商品にできないくらいの何かをしでかす可能性も高いですからねぇアイツらは」
「まあそうなっても別にいいんだがシェースチは折角の優良品だ。それなら少しでも商品価値を高めてたくさん金を経て研究費につぎ込めばいい。そのために禁止してるようなもんだよ」
「研究費のため、ねぇ……。それなら何度か慣らしといてトラウマ植え付けた上でやったほうが顧客のためにもなると――」
「よほどのことが無い限り、使用済みの中古品より未使用の美品のほうが価値は高い。使いやすさより、新品かどうかだからな。そこを気にする連中はそれなりにいる」
「……そういうことですか、なるほど」
「それよりまぁ、どうして三度もシェースチを脱走させたのかね? みたところアレは従順そうに見えたが……君の調教方針はどうなっている?」
「何って……厳しく優しくしただけですよ? 逃げ出さないように色々覚えさせたりとか。まさか三度もやられるなんて思いもしなかったので今はアレを新品になる範囲内で教え込んでいる状態です」
「まぁいい。今回もまた個体が残念だったのだろう。利口で従順なものだと思ったのだが……まあ歴代では非常にマシなほうか。発狂して自殺したり、街で暴れ出したりしないだけまだいいか、脱走癖はあるが」
ふう、と一息つく。手元の書類に目を通した後でずらりと並んでいるモニターに視線を移した。先程搬入されたサカモト・コヨイ――もといシェースチの倉庫内における様子がライブ映像として流れている。目に光はなく、ただじっと首輪に繋がれたまま座っているだけで四肢は脱力し生命維持として渡されたゼリー飲料は未開封のまま散乱しているものが大多数ではあるが一個だけ、平たくなった容器が小さく折りたたまれていた。それもそのはず先程倉庫に配置した見張り役が彼女に無理やり飲ませたからである。商品の価値が下がってはいけないので当然の手段、というわけだ。さすがのシェースチも根負けしたのかゆっくりとゼリーを吸い込んで飲み込んだらしく口元には少しだけこぼしたゼリーが付いていた。
「……シェースチは、大丈夫そうだな。やはり最初から俺が確保に行けばよかったか……。しかしオクタヴィア、君はシェースチに酷く嫌われてないかね?」
「嫌ってないと思いますよーあれ。多分ツンデレというものでしょう。好意の反対としてああいう態度とるのは結構よくあることです。それに彼女は友達少なかったですし変人でしたし……ああいう感じでしか感情を表せないんだと思います。結構私なりにコミュニケーション取ってきたんですがどうも友達付き合いの経験値が少なかった向こう側はそれが理解できないらしいんですよねー」
ノリ悪かったですよー、とオクタヴィアはヘラヘラしながらタバコを吸う。灰の匂いしかしないそれを手で払うがそれを気にしない彼女は更ににやついた笑顔で続けた。
「だ、か、ら、私は手を差し伸べたんですよ。そしたらキラキラした目で食いついてきたから私なりに一般的な交流方法を教えてたんですよー。今現代じゃこれが大常識です。あなたもやってみますか?」
「……考えておく。まああのお前がいった教育方針を許可したのも『過度なストレスに晒しておけば強固なメンタルが出来上がる』という例を見つけたからだからなぁ。結果幾分かましなサンプルが取れた。まあ……よくやったよシェースチという素材は。いいや、コヨイ・サカモト。そのまま我々の研究の糧となってくれ。そして―――忘却という大罪から世界を解き放つ礎となり給え。元老院やら羅馬のくそばかげた処置を下した連中の刃となれ」
「しかしまぁ、次のゼリー飲料飲みませんね。一個しか飲んでませんし……無理にでも飲ませます?」
「ああ、飲ませるとも。……あー、オーダーオーダー、商品は栄養補給を拒んでいる。それだと値が上がらなくなるから無理やり補給させろ。口をこじ開けさせても構わん」
マイク越しの指示にオクタズの係員達がマイクの外から現れる。燕尾服に包んだ屈強な男たちが彼女の四肢を拘束し、今まで渡されたゼリー飲料のキャップを開け、今宵の口に突っ込んだ。画面の中の彼女は仕組まれたプログラムのようにそれを無言で吸い、飲み込む。膨らんだパッケージがみるみる薄くなる。紙のように薄くなった途端にゼリーの容器は床に捨てられた。
「これで死なずにすむな、うん」
「まあそうですねー、その、死なずにすむで思い出したのですがラテン語とかローマとか元老院とか言ってますけどどれくらいあなたは長く生きてるんですか?」
「……少なくとも、ローマ帝国あたりからは生きているな」
「へぇ、じゃあ教科書にあるような皇帝さんとしゃべったりしてました?」
「まあ、それなりには」
「すご……すごすぎます……それはそれとしてどうして吸血鬼――いや、血界の眷属に?」
「気づいたら噛まれていた。そして転化してこうなった」
「へぇ、それで……記憶の手術はどうやって習得したのですか?」
「ある人物の仲介で習得した。巫山戯た名前の王と契約した結果このような手術ができるようになったのだよ」
―――欺瞞王。彼はかつての私にこういった。「嘆かわしい。本当に――嘆かわしいだろう、この状況。彼もまたそう言っている」そう言われた私はいつのまにか彼と取引をしていた。手には非忘却記憶。ニ・ザヴウェーニェ・パーミチ。それを私なりに改良して人に施し始めた。アジーンは使い物にならず、ドゥヴァーは発狂して自害、トゥリー、チティーリは逃亡して即時処分、ピャーチはトラウマを引き金に凶暴化、その過程を経てアーキタイプとしての完成は迎えたシェースチ。教育係としてのオクタヴィアの腕はそれなりに優秀でアレに精神的な負荷がかかろうとも呻く程度には収まっている。やはり――オクタヴィアの故郷にある過度なストレスは精神を強くするという論は間違っていなかったのだろう。
「忘却というものが、これでなくなるというのなら私はどんな外道な名前をした生き物とも契約をするさ」
「契約? 巫山戯た名前の王……ってどんな名前ですか?」
「名前にしたくないほどふざけた名前だ。お前に出会う前にあいつと取引して記憶に関する異界の技術を使えるようになったんだよ」
「へぇー。それで色々テストした上で実用の段階になって初めていい感じになったあれをどうして手放すのですか?」
「話を聞け。まぁ……というか誰が手放すといった?」
「というのは?」
「客だが私と関わりが深いものに対してのみ招待状を送っている。私の手が届く範囲内においておくことに変わりはない」
「要はサクラ塗れのオークションですねわかります」
「……まぁそんな感じだ」
「ところで、忘却ということになんでこだわるんですか? ずっと気になってたんですが人から忘れることを消し去るということにこしつしてますけど」
「忘れようとすること自体、私にとっては許しがたいものだからだ。かつての上司が死んだ後そういう目にあったんだ。都合の悪いものはまとめてなかったことにする、人類或いは生物の非常に悪い癖だ……忘却というものは」
言葉を吐き捨ててその辺にあったスーツを身にまとう。時間を確かめて俺たちはオクタズの会場へと向かっていった。
忘却という概念を、殺すために。
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