3-6 Starmarker is believer

「――あら、お似合いじゃない!」
「ほら二人とも前を向けよぉ! んでもって背筋をぴーーんと伸ばせ!」
 服の合わせが終わったあとは、正直いって疲弊しかなかった。
 潜入するときの服合わせは写真で合成して並べればいい話であるが生で見た方がいい、という二人の主張によってこうして着飾られたオレとベラスニェーカが並んで、バランスの最終チェックをされているはずだ。しかし着飾った俺が珍しいのかまた別の理由が原因であるからかカメラのシャッター音がやむ気配はない。ああ、本当にどうするべきか。早く作戦会議をしたい。
 隣からは声にならない声を小さく彼女があげていた。手で口を覆い、青いドレスと肘よりながい手袋は控えめに輝いていて顔には眼鏡。どこかアンバランスであるが――思わず、見てしまう。
「イレイザー、さん。私、変じゃないですよね?」
「変じゃないさ」
 視線に気づいたのか彼女がこちらを向く。手で口元を覆い色のついた瞼は伏せている。片手で数えるほどしかあっていないはずであるがどうにも、今の彼女は夢にでてきそうだ。
 励ましの意図を込めて手のひらで肩を叩く。一瞬だけ彼女の体が縮こまり正面からは意図が込められたような声があがった。
「ああ、わるい。ただお前を励ましたかった」
「こちらこそごめんなさい……。その、あまり、接触とかよくわからなくて、とっさに、はい」
「あらー、あらあらー?」
「Boo……イレイザー、ちょっとさっきにはなぁ……ごめんよ、ベラスニェーカ」
「あの、すまないが早めに作戦の打ち合わせを……」
 何も言わずに彼女は首を縦に振る。それを見計らったかのように先輩と山田は忍び足で部屋を出ようとしたところを見る。待ってくれ、なぜにやけた顔でいるーー!
「ミッドナイト、マイク……!」
 叫んだところで時すでに遅し、二人は晴れやかな笑みを浮かべて親指を立てていた。
 横目でベラスニェーカのほうへ視線を向けると彼女は光のない眼を見開いて何か言おうとして言葉を喉へと押し込んでいる。
 それに気づいたのか徐に彼女の視線がこちらへと注がれた。説教されるのを待つ生徒のような面持ちで口はパクパクと餌を待つ魚のように動いていた。これ以上棒立ちしても仕方ない。さっさと話を進めるべきだろう。
「……ほら、やるぞ打ち合わせ」
「は、はい!」
 休眠状態から起動したかのように彼女の声に生気が宿る。服が傷つかない用に注意しながら部屋の隅に片付けられていた机と椅子を引っ張り出し、二人きりの会議を始めた。

 

 

「まず互いの個性について情報共有をしよう。何が出来て何ができないかはっきりさせてからのほうが合理的だ」
「個性の情報共有、ですか」
「ああ、きちんとな。ちなみに俺の個性は抹消。――見た対象の個性を打ち消すことができる。ただそんなに長い間瞬きできる訳では無いがね」
「なるほど――あ、それでヒーロースーツの時ゴーグルをつけていたのですね。視線わからないように」
「そういうことだ。それで、お前の個性はどうなんだ」
「私は――ゆ、雪を出せます。手のひらや足、そして―……その気になれば、くちからも……はい」
「それで雪玉作って投げたりしていたのか。バットはサポートアイテムか」
「……あ、はい。そしてバットは恥ずかしながら趣味です。戦闘スタイル、結構野球から影響受けてるので」
「三冠王よろしく雪玉をバットにぶつけてるもんなぁ」
「……知っていたのですか……」
「たまたま動画探したら向こうからきたんだよ、それが」
 まさか、猫のショート動画を探したら三冠王の雪玉バットにあたったとはこの作戦会議の中では言えない。心なしか彼女の光なき眼にナイター設備のようなハイライトが宿ったように見えたが気のせいだろう。
「まあそれはさておき、体調面に不安はあるのか?」
「あります。結構体温が低くなるので個性を使うときは絶妙な体温に保つ必要があるんです。寒すぎると低体温になって体が動かなくなりますし、かといって高いと雪がうまく作れないんです」
「そっか、それで対策はどうしている」
「いつもはインナーでどうにかしてますが今回は潜入ですのでここぞというときが来るまで温存しようかと」
 それに、今は夏場ですのでどちらにせよ温存になりますが。と彼女は〆る。
 わかっている。ヒーローであれば当然であるがおそらく雪を作る以上この夏場は非常にきついものだろう。それでもすぐにこの作戦でどうすべきかすぐに出せることは十分にいいといっていいかもしれない。
「わかった。まぁそもそも潜入である以上派手に暴れまわることはまずしないが……いいだろう。まぁ荒事が起きたらその都度対処でいいな」
「はい」
 正直、パーティ会場である以上荒事はもしかしたらあるかもしれない。それがあるならばそれはそれで十分だ。そもそも潜入という柄ではないが。
 ヒーローを闇落ちさせる敵主催のパーティ。そんな悪趣味な敵の宴にどれくらい人が集まるのだろうか。そして二人一組で必ずでろということ。一体何が目的かを探る必要がある。そのための潜入だ。日程が不明である異常いつでも出られるようにしておきたいが、顔を突き合わせて長時間の会議も煮詰まるだろう。
「まあ次はHNの個別メッセージでやり取りするという感じでいいか?」
「はい、承知しました」
 深々と机に額がつきそうなくらいに彼女は頭を下げる。なんてことはないはずであるが、どこか異様で――首元を掴まれそうな感覚がした。ベラスニェーカという名を持つ彼女。そういえば俺はまだ彼女の本当の名前を聞いていない。免許の件で知ってはいれども正式に、きちんと彼女の口から聞かない限り不用意に名前を呼ぶのはやってはいけない気がする。

「……消太、相澤消太だ。お前の名は」

 数秒、沈黙。

 のち、名乗り。

 まず名乗るときは自分から。個人情報の一つを聞き出すにはまず自分から開示するというのが道理だろう。

「しょうた、さんですね」

「ああ、そうだ。お前の名前はなんていうんだ」

 綺麗に飾られた彼女の顔がゆっくりと上がる。光を知らないような目は俺をとらえ、色鮮やかな唇はわずかに震えて――開かれる。
「雪洞……牡丹、です」
「雪洞か、よろしくな」
「はい、しょうた、さん」
 小さい子供がおまじないを唱えるように牡丹は、俺の名を小さく三度口にした。それがクリスマスの贈り物であるかのように。
 その時ばかりは、彼女の顔がどこか最初にあったときより幾分か幼くなったかのように見えたのは、気のせいだろう。こんこん、とドアがノックされる音がする。そろそろ時間だろう。しかしまだ俺はーー彼女の口から直接聞けていないことがある。
 彼女が椅子から立ち上がる瞬間、手を伸ばす。
「なあ、何故――お前はヒーローになったんだ」
 息を呑む音が聞こえた。数秒、目を伏せた後すぐにこやかに口角をあげた。
「……助けてと言えない人を助けるヒーローになりたかったからです」
 声が、わずかに震えている。
 目はそらさずに、顔は貼り付けたような笑顔。本当でそうであるようで、そうでないことは明らかだ。
「それだけか?」
「それだけです。痛みを訴えられない人は世の中にいますし、ずっと堪えた果てに壊れて死んでしまうのを見過ごせないのです。そのために、私はヒーローになると決めました」
「そうか、頑張れよ。ただ命は大事にしろ。勇み足で突っ込んで死んじまえば救えるものも救えなくなっちまうからな」
「は、はい」
 彼女が返事すると同時に、ミッドナイトとマイクが部屋に入ってくる。その後はまた、いつもの服に戻されるべくまた別室へと移動した。

 

 

 着替えた後、彼女は不織布の白いマスクで口を覆った。なるほど、これがいつもの彼女かと感心しつつももう一つ、気になっていたことを牡丹にぶつけてみる。

「なあ、あの後――敵に襲われた後、帰るとき道に迷わなかったか?」
「ええ、迷いはしなかったです。何事も、なく……過ごして、いました」
 瞬間、彼女の瞼が伏せられる。まるでもう何も見たくないと言わんばかりに。
 彼女は桃色に彩られた唇を噛む。言葉を封じるように。
「本当か?」
「本当です」
 牡丹の虚ろな瞳が、また揺らいだ。触れたら一気に粉々になるかのように。

 

 

3 Starmarker is believer FIN

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