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 さぁさぁすべてを記す少女をめぐる物語はいよいよ大詰め。
 僕は色々なインシデントを扱った番組を一気見しながら観察するよ。あれは起こるべくして起こった事故。非常にためになるがいつまでたっても学ばない人類の博覧会だ。
 記憶の固執、男の悲嘆、祭壇の上の少女にして生贄、それを奪還しようとするライブラ。どんな楽しい結末になるか期待しながら待つとしよう。
 しかししかし、神様に声が付いたらどうなるんだろうねぇ? この前テレビで見たチェスのグランドマスターのような声はどうだろう? あの低く傲慢な声と共に盤上から俯瞰して駒を動かす行為はまさに神様だ。
 しかし今回は僕に駒は動かせない。ただ対局を俯瞰して待つだけさ。
 まぁ面白いことになればいいんだけどねぇ?
 
 (十三王が一人、フェムトの独白)

 第七章 一縷氷華

 深く、冷たい痛みに揺蕩って幾星霜。すっかり慣れたはずの悪夢すら今では早く終わって欲しいと願っている。
 そんなことは、起こるはずがないというのに。唯『慣れてはいけない』と認識したことで余計に泣き叫びそうなくらいの感覚がやってきてしまった。
 それみよがしとばかりに、悪夢は原点を持ってくる。
 ――――全てが始まってしまったあの日のこと。目が覚めたら私は生きているハードディスクとなった日。目が覚めた後でカエサルのような男が私に「忘却という罪から逃れた」ことを祝いだ。なんのことなのか分からなくて首をかしげていたらその背後から黒髪の女性が現れた。
「まあ、そういうことだよ坂本さん。私のことは覚えている、よね?」
 ねっとりとした声色で、彼女は言う。途端―――脳内に大量の映像が再生され始める。『大丈夫? 今宵さん。仲間に入れてあげようか?』『今宵さんの好きなもの教えて? 私、貴方のこともっと知りたいの』『……デジマ? 誰それ知らない』『……うっわー……私の推しのこの人にしなよー。なんたってなんでも……違う?』『……坂本さんの趣味、悪いね』『――あれ、そもそもこのクラスにサカモトさんって、いた?』
 全部、鮮明に、デジタル4Kリマスターされて思い出じごくが蘇る。目の前の女を見た途端、喉からこみ上げるものがやってきて一気に気持ち悪くなってきた。
「ぅぁ――――――――――――――!」
「サカモトさん、ここでリバースしないでよね。一気にバイキンまみれになるからさ」
「その辺にしとけ。彼女はおそらく少し混乱しているのだろう。何しろ一気に記憶が押し寄せてきたのだから。それに吐き気はどうせすぐ直る。勢いよく食べたわけではあるまいし」
「……それもそうですね。というか本当に覚えてるのですかね彼女」
「いずれわかる。様子をみよう」
 目をとじて、ゆっくり自分と現実を切り離す。そうだこれはきっとただの幻覚で実はなんてことないものなんだと必死に言い聞かせた。――しかし、残酷なことに現実で顔を上げたら男と、脳裏で再生されていた女がいた。
「……八角さん、どう、して……」
「よかった、覚えてくれたんだ」
 そういって八角は優しい微笑みを浮かべた――と思ったら、更に口角を歪ませる。
「記憶王様ぁ! 手術大成功です! 彼女ちゃんと私のことを覚えています!」
「そうか……そうか! 成功したか!」
 意気揚々と、男は私に近づく。やっと吐き気がおさまったかと思ったらゾクリと身の毛のよだつ寒気が私の躰をかけぬけた。
「はじめまして、私は記憶王レクス・メモリアエという。よろしく頼むぞ今宵――否、セクス、いいや、シェースチ」

 

 ◇

 

 目が、覚める。あたりは暗く、どこか薄ら寒い。
 今日見た夢は全ての始まりの再上映だった。記憶を整理するための夢が凶器となった最初の日であり――死ぬことが許されなくなった最初の日。あの後は確か、紐育が大変なことになって彼らの組織に強制的にお世話になることになって――思い出したくも、ない。
 夢のことから逃げたくて、現実に目を向ける。手足がとても痛く、締め付けられているようだった。周りを見渡してみるもここがどこだかわからない。ただ部屋の壁からはなにか楽しい声が漏れ出ている。色々な言語が飛び交っていて、何を話しているのか検討もつかない。傍らには砕かれたアイフォン。使い慣れなかったそれは僅かな光でキラキラと反射していた。
 服は簡易的なワンピース。今まで着ていた制服はどこにいったのかわからない。いくつかは予備で取っておいてあるから一先ず安心できるとして――あれ、どうして私は、スティーブンさんのところに戻る前提で考えているのだろう。戻ると決めた以上、考えても無駄であるというのに。
 何事も出来ずにただぼんやりとしていると足音が近づいてきた。革靴の音が大きくなって、私の耳元でピタリと止まる。私の頭上から声が、降り注いできた。
「やぁシェースチ。おめでとう。お前には新しい上司が近々つくぞ。私がよく知る人物だ」
「……じょうし、ですか」
「ああ、これからたくさんの人たちがこの建物の中にやってくる。その中で君の価値を一番高く評価した人が君の上司になるという寸法だ」
「要は……オークションのようなものですか……」
「正真正銘オークションだ。外法な人やモノを取引するアンダーグラウンドなオクタズ・オークションにお前は出品されたんだよ」
 これで正真正銘のモノになったな、と記憶王はクツクツと歓喜する。先程少しだけ聞こえていたあの会話らしき音はどうやら何かしらのものを値踏みするものだったようだ。それはそれとして眼の前の男がいった言葉が真であるならば一つの疑問が生じたので少し怖いが質問してみることにした。
「その……どうして私を出品するのですか? たくさんの情報を私に叩き込んで、それで情報が漏れるリスクが」
「そのためにお前の感情が消えるように教育した。ただまぁその様子だと少し教育不足だったようだがね。脱走先でいい男に出会ったのか?」
 ん? と男の無骨な手が私の顎を掴む。無理やり顔をあげさせられて彼の口から出る生暖かい空気が私の皮膚を撫でつけた。深いシワに彩度の低い瞳が私のことを凝視している。
「――まあいい。たとえいい男に出会って助けを求めたとしても無理だ。このオークションを邪魔するものは全て排除する」
「ちが、私は――」
「嘘をつくな。お前のスマホから男とやり取りしているというのは調べがついている。恨むのならいくらでも復元できる現代の技術を恨め」
「……」
「しかもよりによって牙狩り……いいや、ライブラとつながりがあったとはなぁお前。更に研究費が入るなぁこれは」
「知らない……ライブラとか、知らないです……」
「嘘をつくな!」
 その言葉と共に私の顔を掴んでいる彼の手が突き放すようにして離される。その勢いで私の体は硬い床に落とされて、鈍くて痛い感覚がすぐに訪れた。
「まあいい。お前は今日を以て知るんだ。助けを求めてはいけない――その助けは誰かを殺すことになる、ということを」
 記憶王はそう言い残して私の横を通り抜ける。痛くて、体がうごかない。そして――私が余計なことをしたから親切な人達がしぬかもしれない。スティーブンさんの顔と、声と、やさしいこころと、永遠にさようならなのかもしれない。
 全てがごちゃまぜになって、ただいつもどおりのにちじょうに戻るだけ。――――――いたい。
「やだ……そんなの……ごめん、なさい。わたしが、いたから……いってもいわなくても、どうすればよかったのですか……」
 メガネは意味をなさなくなった。しおみずで跡ができたから。ただわたしは、くらいへやのなかでよばれるまでじっとするしかなかった。

「ごめんなさい……ごめんなさい……きのまよいで、たすけをもとめて、ごめんなさい……すてぃーぶん、さん……」
 

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