事態は急を要する。通話の返事もなくGPSもロスト。よぎったのはレオナルド・ウォッチと妹の面会の一件。故にすぐにクラウスに報告した後で全構成員に緊急事態を宣言し坂本・今宵の捜索・保護を指示した。これほどまでに彼女が追い詰められていたとは迂闊という言葉では片付けられない上に血界の眷属が絡んでいる。少しだけ強引に彼女から聞き出せばよかったか――否、それほど彼女の心に恐怖が植え付けられていた故にこの事態になってしまったのかもしれない。
ともかく彼女が残した情報を共有し、その後間を入れずにチェインがオークション会場の間取りをメッセージアプリに流し、どう立ち回るかは移動しながら話し合う。チェインが『潜入』した情報によると今日はプレビュー会――いわゆる品定めの日ということだ。おそらく彼女もそこに出されるだろう。ただ彼女の報告に今宵の姿はなかったそうだ。それとは別に流石の彼女でも入ることは出来なかった部屋があったと報告を受けた。それほどまでの感知機能を備えた倉庫に彼女はいるとみていいだろう。
僕は裏口から突入し今宵の捜索、ザップとツェッド、KKはなにかあったときのため外で待機、チェインは既に突入のための下準備を終わらせていた。要所要所にて見張りを機能不全にさせているため裏口からの侵入は容易になった。また既に先行する形でクラウスとレオナルドは内覧会に出ており記憶王の行方を追っている。オークションの実質的な主が血界の眷属である以上それに対処できる二人が対応することになった遠隔通信で今回かけられる予定の商品を報告しながら床の反射に注意して捜索しているそうだ。
マナーモードに設定した端末を眺めながら待機する。画面上に着信が入った旨の通知が浮かんだ。発信元はクラウス。すぐに電話にでた。
「未だ血界の眷属らしき反応はない。そっちはどうだ?」
「こちらも変化なし。潜入して彼女を探し出すところだ」
「わかった。互いに注意しながら征くとしよう」
そっちも頼んだぞ、と返して通話を切ろうとしたときだった。くぐもった声が通話口から聞こえてくる。何事かと思い僕は耳を傾けた。
「ときにスティーブン、これは私の純粋な疑問であるが――ミズ・サカモトのことをどう思っているのかね?」
「それは――」
突然の、問いかけ。
一瞬だけ脳内が真っ白くなったがすぐに復旧させて彼女のことを脳裏に浮かべる。言うべき言葉はすぐに浮かんだがそれは彼女を救い出してから言うべきだ。
観覧車で見せた笑顔、夜に見せた嘆き、そして――路地裏で見せた救いを求める顔。
全て嘘だと信じられない。もっと彼女の顔を見たい。彼女を、改めて真の意味で知りたい。
「――とても、大切なライブラの一員だ。そして個人的に大切な『人』でもある」
靴の調子は万端であることを確認し、息を深く吸って吐き出す。自然といつもの臨戦態勢へと自分の中が切り替わった。
「そうだスティーブン。――彼女を、サカモト・今宵を救い出せ」
「ああ」
短く返事をして電話を切る。ドアノブをひねり、音を立てずに押し開いた。
「御用改の――時間だ」
◇
静かに裏口から通路に入り適当な係員をノックアウトさせて黒服を拝借する。うつむき気味になって廊下を歩きながら裏舞台の迷路のような廊下を歩く。念のためHLPDにも情報を流して全てが終わった後違法なオークションを取り扱った証拠を送った。
パスカードを拝借しロックを解除していく。一歩、一歩ずつ歩む度に淀んだ空気が重くのしかかる。地図を元に手当たり次第ドアを開く。用具入れにもぬけの殻、がらんどうの部屋ばかり。倉庫と言える倉庫は既になく、警備員もあらかた不在。チェインに感謝を捧げつつ慎重に誰にも見つからぬようめぼしい部屋を探す。
そうしているうちに少しだけ騒がしい部屋へとたどり着く。念のため端末を確認するとそこはチェインが入れなかった部屋だった。彼女が入れない部屋というとそれほどまでのレベルで感知できる部屋なのだろう。近くの通路に隠れて様子を伺う。かつかつと薄暗い向かい側の通路から黒服を来た男がやってきた。なにか呟きながら服のポケットからカードらしき物体を取り出してドアについてあるリーダーにかざす。するとひとりでにドアが開き男たちはその中へと消えていった。
「……もしや」
ドアが再び開くのを待つ。既に足の準備は出来ている。
数分もしないうちに電子音が内側から鳴り、ガラガラと何かを転がしている音がその次に静かな廊下に響いてきた。柱の角から気づかれないように見る。黒服は黒い布を被っている箱らしきものを搬入していた。何があるのかわからない。だがあのチェインが入れない場所にあったのなら――おそらく、今宵に違いない。
影から出て黒服の後を音を立てずについていく。一歩、二歩と確実に詰めていき――ついには目と鼻の先。靴底を彼に向けて血液を飛ばす。そして――
「すみません、その荷物はなんでしょうか? いかんせん最近入った新人なもので……」
「……あぁ、お前は……いや、曲者――!」
「エスメラルダ式血凍道――絶対零度の針」
一瞬で黒服を凍らせて、台車を奪う。黒布を取ろうとしたが先程の黒服がとっさに非常ボタンを押したのか後ろからわらわらと武装係員が湧いて出てきていた。道は迷路、確認しながらかつ彼女を保護して進むのは困難。
「――さて」
台車のハンドルを握る。そして―――一目散に彼らから距離を取るべく走り出した。
「しっかり捕まっていろ、今宵!」
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