午前の授業一発目で告げられた先生の言葉は、処刑宣告そのものだった。次の校外授業の班の組分けは学級委員長に任せてからの好きな人と組んでくださいはどうしようも、ない。
いつの間にか示し合わせたようにクラスメイト達は塊となって結びつく。巨大なグループは別れたくないだのいって話し合いが滞っているようだ。どこかに入れてもらおうかと様子をうかがっても決められた人数で固まっているところが多く、私がいなくてもグループ自体は組める大きさに各々集まっている。
「組みたい人はいる? 名字さん」
決めあぐねているところに学級委員が横から声をかけてきた。ただ、親しい人はいない上に異物を受け入れそうなところは……今のところ、なさそうだ。
「えーと……とくに、いないです……」
「決まったらいってね」
じゃ、と委員の人は教卓へと戻る。いくら学校行事を機に仲を深めればいいと言われてもいつもの人たちが決まっている輪の中に飛び込む、なんてことは――できなかった。
結局、その日は大人数のグループの分割が長引いまため班決めは次に持ち越されることになった。
重い気分のまま一人で適当なところで弁当を広げて静かに午後に備えての栄養を取る。夢であればさっさと醒めて欲しい。ショーケース越しに手に入ることのないものを延々と見せられているような悪夢。そうだ。死ぬほどの痛みを負えば、きっと醒めるはずだろう。そうと決まれば話は早い。いつも通り教室に戻り、然るべき荷物をカバンの中に戻して手ぶらのまま学校の最上階へと駆け上がる。たどり着いた立ち入り禁止区域と日常の境を守るドアは重く、冷たい。どうせ鍵はかかっているのだろうとくくりドアノブをひねった。
「――あれ」
つっかえることなく、ドアノブがまわる。体重をドアに預けて――境界を破る。
曇天の空を遮るものはなく、周辺はその気になれば飛び越えられそうなフェンスのみ。
ふらふらと導かれるように足が前に進む。あの第二の境目を超えればこの夢は終わるはず。
フェンスまであと数歩。向かい風が吹いているがそんなことを気にしていられない。
ああ、もうすぐだ。もうすぐ――ゆめからさめることが、できるはず!
「おや、また貴方でしたか」
聞き覚えのある低い声が、背後から聞こえてくる。
そう認識した時には、私の手首は掴まれていた。武骨で大きくて――ひやりとした手。
「好奇心が旺盛なのはいいことですが、屋上に入ってはいけません。そう常々いっているはずですが……大人しい貴方も例外ではなかったようですね」
振り返る。そこには朝の廊下にてぶつかった教頭先生が背後に立っていた。大きくて、筋肉が密集しているような先生の体。本気になれば恐らく抗うことは叶わないだろう。そしてその先生はいつも通り作り物を思わせる笑顔を浮かべていた。でもそれが、私にだけ向けられている。なんとなくいけない状況であることはわかっているがなぜか、それが酷いくらいに生を感じてしまっている。
「ごめん、なさい。空が見たくてつい」
「空ならばグラウンドからでも見られるでしょう。それとも近くで見たかったのですか?」
「……はい」
咄嗟に嘘をつく。夢から逃げたくて飛び降りようだなんて口に出せるはずがない。
教頭先生はまた口元に笑みを浮かべて私をドアの近くまで連れて行く。大人の男の人の腕力にかなうはずはなく魅惑の空から離れていく。
「たしかに近くで見る空は開放感があるでしょう。しかし、イカロスのように近づきすぎてもいけません」
「それでも、憧れはやめられないのです。先生」
「まぁ、そうですね……憧れるからこそ生まれるものもあるでしょう。ですが今はただ地に足をつけるべきです、名字さん」
どことなく風が通るような笑みを浮かべながら教頭先生は私をドアの向こう側へとおいやった。短いやり取りの中、ついつい言いたいことを言いそうになるがいつもの癖でなんとなく我慢をする。人にわかるはずが、ないのだから言っても言わなくても変わらないだろう。ただ、当たり障りのない無難な会話を交わせばいいだけのはずなのにどうしてか、やり取りを続けたくなる。だが続けるための言葉が捻りだせない。
「地に足を付けて空を飛ぶ方法を学ぶか、空を飛ぶことを空想するのもいいでしょう。ただ何も知らずに飛んでからの墜落は――いけません。いけませんね」
「……やっぱりだめですか」
「だめです……それはそれとしてああ、そういえば、午前中は浮かない顔でしたが大丈夫で」
「大丈夫です。……だいじょうぶ、です」
「大丈夫じゃないでしょう。貴方は大人を頼りなさい。何でも一人でどうにかしようという悪い癖がありますから」
「大丈夫です、先生! どうにかなります!」
先生の忠告を振り払い、教室へと猛ダッシュで駆け下りる。
どうにでもならないことは自分が一番理解しているがそれによって人に迷惑をかけたくない。ただ、それだけの理由。
こわい。もうすぐ午後が始まる。座学で乗り切れば、大丈夫なはずだ。
後ろ髪をひかれるがなんとか元の教室へと戻る。椅子について次の授業の準備をしていたら予鈴が鳴り響いた。
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